SWITCHインタビュ― 達人達「古坂大魔王×田原総一朗」東京オリンピックに出たい!


制作サイドは「古坂さんに、どなたにお会いしたいか聞いたところ、田原さんの名前が真っ先に出た。古坂さんが年配の方の話を聞くのが好きという点から実現しました」

田原総一朗の討論番組の大ファンという古坂。
番組前半はお笑いライブハウスを田原が訪ね、2人は初めて対面。
田原は83歳とは思えない強い好奇心で「ピコ太郎」大ヒットの秘密、なぜ音楽を取り入れたのかなどを聞く。
番組後半は古坂が、本の巣窟のような、田原の事務所を訪ね、今度は古坂が討論の司会術や取材術からジャーナリズムのあり方まで、田原の仕事術に迫る。

古坂が売れなかった時代を生き延びれたのはなぜか?

同期のくりいむしちゅーやネプチューン、爆笑さんとかも
   いろんなところで名前を出してくれて、ここがまさに愛です
   とてつもない大御所の立川談志師匠や、オンエアバトルでも
   自信はあったけどガッチャガチャにスベりまして
しかし、その立川談志が認めてくれた。

その後は、談志に飲みに連れて行ってもらったり、かなり可愛がってもらった。


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古坂の不遇時代を支えてくれた師匠、お笑い仲間に感謝。

   立川談志も徳川家康も変わらないですね。名前的に。
   30分遅れて行ったら超現場ピリピリしてて
   山城新伍さん、中尾彬さん、ミッキーカーチスさん、野末陳平さん、
   勘九郎さんがいらして、真ん中席が4つ空いてるんですよ。
   お前コントやれって。

しかし、自分達のコントなんて大した事なくてこんな場で出来ない・・
と言ってると、談志がじゃあ、出来るように仕向けてやる!っと
「勘九郎、舞え!」とやらせて・・

もちろん、その後は、コントやったそうです(笑い)

  立川談志「音楽とお笑いってのは一緒なんだ。イリュージョンなんだよ。」
    「お前ら今腐るなよ、やり続けろ」ずっと言っ そして「誰に何を言われてもやり続けろ」と言葉を胸に
「談志師匠が言ってくれていたから、(音楽とお笑いの融合を)やめちゃいけない」と決意。

かつて作ったネタ「テクノ体操」をアレンジしてできたのが「PPAP」だった。

田原「談志が言ったってのがすごいね・・」

東京オリンピックに出たい!新キャラで?!古坂大魔王

田原に、新ネタやって下さいと言われて、現状のピコ太郎に納得いかない・・実は本意ではないと古坂。
本来は邪道、裏をゆくのが自分の理想の古坂。


そして、前半のトークの最後には、「東京オリンピック出たいなぁ・・」
田原さんが、安倍総理に、ちょっと言ってくれればなぁ・・と懇願。


田原「安倍ちゃんに電話しとくよ!」っと、

これには、古坂大喜びでした。

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田原総一郎は、なぜ相反する自民、共産と本音で話し会えるのか?!


「批判する時は、その人の目の前でしかやらない。」とこの田原の言葉が
一番響きました。

これって、今更ながら、誰の陰口も言わない・・に通ずる気がして、やはり、信頼されるには
とても大切なことだと思いました。

本音を聞きだす!極意に古坂がせまる・・

専門用語を使う人には・・?
田原「僕バカなんでわかりません」とわからない事は、はっきり尋ねる。

それが、視聴者のわかりやすさにも通ずる。

視聴率が落ちた原因が原発の事故から・・と田原が話しだすと、

もともとバラェティーは反体制。
バラエティーが権力持った・・・
力を持った瞬間に守りに入ってゆく・・と古坂が今のバラェティーを話す。

やっぱり、壊すのが大魔王だ!と田原。
さらに、東芝の粉飾決算を例に出しながら、守ろうとする力の負の作用例として説明。

古坂が田原にその取材のやり方を尋ねた・・

田原「田中角栄に感銘を受けた、田中角栄は田原の取材を受けるにあたって、早坂に一貫目の資料を持って来いと命じた。
  取材を受けるのでも、その相手のことを徹底的に調べるその姿に感銘を受けた・・
  田原は言う、結局取材を受ける側は、相手のレベルでしか答えない・・」

  「だからこそ、生きた取材が大切・・
  取材とは人と会うこと。」

まずは電話番号を調べて、自ら電話をする。「非常に感動しました。だから会いたい。」
と直接的に取材を申し込む。1日に会うのは、5~6人ぐらい。
趣味は一切なく、人と会うのが趣味。

ジャンーナリズムは波風を起こすためにある。
そんな、田原総一郎、「朝まで生テレビ」の収録中に殉職するのが本望・・

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